mimpi/dream/夢
"夢は遠くにあるべき"
"クリスチャンは宗教じゃない、神との繋がり、関係性なのである"
今日は久々に教会に行って来ました
キリスト教ってわけじゃないけど、インドネシア人の友達を作るために参加し、友達に会うために行っております。
今日は夢について話してくれたかな
途中から集中力切れたり、神の話になって全く聞いてなかったけど
最初の方はすごくためになる話でした。
この場に来ていつも思い出すこと
それは亡くなった両方のおじいちゃん
おじいちゃん見てくれてるのかな
こんなに遠い場所でも見守ってくれてるのかな
って考えちゃう
おじいちゃんが亡くなってからよく空を見て考えたりするようになったんだよね。何かお願いしたい時とか、大切な試合がある時とか歩きながら空見上げておじいちゃん見ててねってよく思ってた。
おじいちゃんが見てくれてると思うとなんか頑張れるんだよね
宗教はもってないっていうけど
日本の文化に深く関わる神道から影響を受けてるんだろなお思う瞬間
そして毎度思うのが
見えない神様をこんなにも崇拝?できる、信じれるって本当にすごいなって思う
凄いっていう表現しかできない語彙力の無さがすごく切ないけど本当に凄い
だって見た事もないものを信じるんだよ?
........いや、わたしも寺とか神社に行って手を合わせる事はあるけどね。なにも知らずに。でもご挨拶程度で神サマー!!!!!!って感じではないのは確か
(何が言いたかったのかわからなくなりました)
とにかく夢は遠くにあるべき
夢を叶えるために沢山の目標を立てて
少しずつでもいいその夢に近づいていく
わたしの夢はなんだかんだ大学入学前から変わってないんだと思う、就活を目前にして考えることから逃げてた将来のことを考える必要があって、何年たっても、飽きめたと思ってても、そう簡単に変わることじゃないんだよね
夢ってそういうものなのかもしれない
何年かかってもいいから
わたしの憧れてる姿に死ぬまでになりたい
それまでにそこに近づける様、努力、経験、知識を蓄えていかないとな
教会行くの好きじゃないけど
自分と向き合える大切な時間にはなってる
ありがたい
友達たちにも感謝です。ありがとう。
ゲームセンターで日本語聞こえるな〜と思ったらアイカツ!でした。詳しくしらないけど。
自分の勉強してること
国際地域開発
これをいうと大抵の人がすごいねって言ってくれる ありがたい笑笑
最近よくわからなくなる
開発することが果たしていいことなのか
日本だって終戦後いろんな国に助けられて(お金とか技術とか)ここまで成長してきた
成長した世界に住んでるからよくわからないけど、開発することで潰されたり、なくなったり、汚れたりしている地域や人が少なからずいる
今のままが幸せな人もいるかもしれない
正直日本はその国のためというよりも自分の国のためにそういう活動をしてる気がする
他の国だって日本を助けたのはじぶんの国の経済とか資源とかそういうためなのかもしれない
まぁ利益がないことしたってしょうがないのかもしれないけど生きて行くためには
そんなのわからないけど
自分の国のために他の国を開発して人を傷つけるってどうなんだろって思ったり
でも開発が進むことで今まで仕事がなかった人が仕事を手に入れたり、生活が楽になったり、お金が得られるようになったり、いろんな経験ができるようになるのかもしれない
というかなると思う
その全てが幸せとは限らないけど...
だから考えれば考えるほど難しい
その前に今の自分には地域や国も開発できるような技術も地位も何もないけど....
これを考え続けて行動してる先生たちはすごいと思う本当に。新しいアイディアも必要だし、開発による被害のケアも必要だしできるだけ害を出さずいかに上手く開発して行くか考えなきゃだし
いやでも仕事ってそういうものなのかもね
どの仕事についたって正しいかわからない答えに向かって行くんだもんな
頑張らなきゃな〜ふぅ〜
何を頑張るのかってとこが大切だけどね
まだ頑張らないといけないものはよくわかってません
そこがダメなところ.....
とりあえずは日本に帰るまで
インドネシア語をやる
何のためかはわからないけど
始めたことは最後までやり遂げる
これはわたしの唯一いいところ
貸し借り
なんでかわからないけど
こっちの人たちすんごい勢いでお金かしてって言って来る。日本人だからお金もってるって思われてるのかもしれないけど。
お金借りてるのに、普通にご飯贅沢してたりする。なおさら意味がわからない。
本当にお金がないって言うから貸してあげてるし、電気止まっちゃったって言うから貸してあげてる(日本円にしたら千円以下)
まだお母さんがお金入れてくれないの
誕生日近いから誕生日までは入れてくれないの
だからちょっと待ってて、本当ごめんね
とかめっちゃ言ってたのに、いざ誕生日を迎えお金が入ったら、わたしを避けて生活してる
いつもコンコンってくるし、ご飯食べようとか、テレビ見ようとか言ってくるのに
話が違うじゃーん。
こんな時日本だったらなんて言ってお金返してって伝えるかな?もう忘れちゃったよね
申し訳なくなるっていう気持ちはこっちの人たちにはないのかもしれない
普通に一緒にご飯買ったりするから
あとわたし40ribu(4百円くらい)返したらいいんだよね〜
とりあえず20ribu先に返すわ〜
あぁマック(マックはこっちの人にとって割と高め)のアイス食べたいな〜
一緒に食べようよ〜
.......いや、そのアイス我慢すればわたしにお金返せるよ?って思う(笑)
同じ家に住んでると(アパートのキッチンのみ共同って感じかな?)家族っていう感覚があるらしいこっちの人にとって
だからなんでも貸したり借りたり使ったり、、、、半年以上経ってやっとちょっと理解できるようになったかな
でも自分のものが使われてるとすーんごい怒るんだけどね
あぁ〜変な国だな〜(笑)
ご飯を食べる事に対して、我慢というものは全くないんだなって感じる
たしかに!生きるためには食べることは大切ですもんね!!!!!!!!
日々の疑問を言葉にしてみました。
早くお金が帰ってくることを願って。
逆算していくこと
中学生の頃から何となーく憧れ始め
高校生でこういういうことやりたいって決めて
大学入って色んなこと知って、専門的に勉強しないと難しいって気づいて諦めて
でも就活のことを考えてると必ずチラつく
ずっと憧れとしてわたしの心の何処かにいる協力隊。決して最終職ではない。開発コンサルタントなどにつく人たちの通過点みたいなもの。
だけどわたしにとっては
いつかなりたい憧れの存在......
今の自分には知識や技術が足りなすぎて行くべき場所ではないように思える (逃げてるだけかもしれないけど)
だから29歳になるまでに成し遂げられたらベスト
でもシニア世代として行くのもありだと思ってる
協力隊についたらどの面の活動をしたいのか
そのために身につけなきゃいけない知識は何なのか、技術は何なのか
その技術はどの仕事で得ることができるのか
それとも学校で勉強する必要があるものなのか
資格を取る必要があるものなのか
ゴールを決めて逆算して行く
この間友達が先生に言われたよ!って教えてくれた言葉
その時は逆算か〜ってくらいにしか思わなかったけど、こうやってちゃんと考えてみるとすごく道が見えてくる
わたしの場合、憧れを達成するためだけのもの。その後に繋げたいとかそういうのではない。でも自分の人生、自分の憧れたものとかなりたいものとか、やりたいこととか、何にもとらわれないでやるのもいいんじゃないかなと思う。
その時自分だけの人生じゃなくなってたら(子供がいるとか)またその時考えればいいと思う
自分の憧れよりもその人や子と過ごしたいと思って違う道を選ぶかもしれないそれはそれでいいと思う。憧れが変わったってことだと思うから。
自分で道を決められるありがたい環境に居られたら限り、ちゃんと大きい目標持って逆算して叶えられるように行動したい。
インドネシアに来たからインドネシアと関わる仕事に就きたいというか、じゃないとインドネシアに留学した意味を答えられない気がするからインドネシアと関わる仕事に就きたい...笑
だから逆算してみて将来の大きな夢と、インドネシア語が繋がったら最高だな〜ってよく考えてる。
でもちゃんと逆算してれば、自分のビジョンが話せればインドネシアがどうのこうなって別にどうでもよくなってくる気はする。長所としてはうまーく利用していきたいけど!
とにかく考えて順序を立ててみる
まだ二ヶ月あるからその間に見つける
見つけられればあとは就活頑張るのみ
それが一番大変なのかもしれないけど
何を言いたいのかよくわからない
でもとにかく自分の人生は自分で作っていかなくちゃ!!!!!!
せっかく生まれてこれたんだから
死ぬまでやりたいことやって生きていきたいな
最短ルートじゃなくてもいいと思う
遠回りになったっていいと思う
どんな経験も必ず自分を育てる材料になるから
着地する場所が決まってれば
いつかはその場所にたどり着けるはずだから
時々失敗する時はあるだろうけど
無理だったら無理で無理だったんだなって(?)
そう思えたらいいんじゃないかな
その時は絶対悔しいと思う
でもそれまでちゃんとやってれば自分の限界だったんだなっていつか納得できると思う。
あああああ、課題終わらせなきゃ!!
〇〇人について
こっちに来てから何度も聞かれる
日本人はこうなんでしょ?
日本人はこうするの?
(お辞儀をする、好きと言わない、直接的に物事を言わない、シャイ、まじめなど)
まぁこんな感じで授業とか普段の生活で聞かれる。
わたしの答えはいつも
『はい、たぶん、、、』
でこのあとみんな笑う...
だって、日本人と言っても、ほんとにいろんな人がいるから
人間みんなそれぞれ個性がある
全くおんなじ人なんてましてやいない
いるならあってみたい
だって自分を客観的にみれるからね
普通に聞かれる分には、わからないなりにちゃんと答える(れない時もあるけど)
必ず『たぶん、、』をつけちゃうけど
でもわたしの行動に対して何か疑問を持った時に言ってくる人がいると、それは違くない?と思ってしまう。
もしインドネシア人が日本で強盗を起こしたら、インドネシア人はみんなが強盗する人なの?って事になる。それは違うじゃん。
その人なりに日本人(わたし)を理解しようとして言ってくれてるのかもしれない
でもとにかくわたしには引っかかる
すんごくひねくれてるのは自分でも感じる。
けど引っかかる
わたしは日本人だけど、わたしはわたしだよ
って思いが強くなっちゃうし、
『自分=日本人の基本』になってしまう怖さも感じるからだと思う。
わたしの住んでるスラバヤは割と都会だから日本人やら韓国人やら欧米人、と外国から来てる人が結構いる。
そういうところでさえもこうやって感じられてる、捉えられてるってことは、滅多に外国人がこないような所に行ったら、わたしが日本人はこういう人だっていうものになってしまう。
こわいこわいこわい
とにかくこわい
そして少し切ない
だからといって装いたくもない
自分は自分でいたい
わがままでいたいわけじゃない
性格を変えたくないわけでもない
みんなが思い描く日本人を演じるのはいやだってだけ
いつかわたしをひとりの人として見てくれるときが来てほしい
そのためには何をしたらいいのだろう
って思うけど、自分らしく居ながら人とちゃんと関わりを持ってこの土地で生きていくことなんじゃないかなと思う
そして私が日本に帰ったら
何人だからとかそういうんじゃなくて
一人の人として沢山の人と関わっていきたいな
やっぱ留学は面白いな
こんなこと日本にいる時には考えたことなかったもん!!
取り留めのない、どうでもいい想いでした。
日本語の授業風景を添えて。
手紙/コブクロ
わたしには大好きな歌手がいる.....
それが題名にあるコブクロ
出会いはだいぶ昔だけど、わたしの心を支えてくれるようになったのは(?)高校卒業から大学に入学したころ。
そして初めてライブにいって見事に圧倒されたというかこの世に存在するのかよ!ってなった
今でもそのライブの一番最初の曲のイントロを聴くと鳥肌が立つ
こうやっていまインドネシアに留学に来れてるのもコブクロの唄があったからっていうのも一つの事実。必ずその時の自分に寄り添ってくれる曲があって、気づかないうちにその曲を口ずさんでたりする。ほんとにコブクロってすごいと思う。
必ず背中を押してくれたり励ましてくれたりするわけじゃない。
時にはぐさっと刺さるような曲の時もある
自分自身が頑張りきれてないとき、自分に負けてるとき、そういう時には気づかせてくれる。
なぜ今こうやってここにいるのか
なんでこれを勉強してるのか
今は何を優先すべきなのか
題名にある手紙は
小渕さんが協力隊で海外に行く友達に宛てた手紙。協力隊で来てるわけじゃないけどくる前からすごく励みになっていた曲。
『泣いてしまうほど辛いのは一番頑張った日の証そんな自分を時々は、休めてあげなきゃ駄目だよ』
ここもこぶちさんの優しさを感じられるところ。くる前はここで絶対うるっとしてた
こっちに来てからは、頑張れてないからうわああ頑張らなきゃって思える場所。
頑張ってなくてもホームシックで何度も泣いてるけどね...笑
何より最後の
『どんな季節も 意味の無い風は吹かないはずだから、強く儚く咲く花のように、今を受け止めて弱い自分に負けないで。』
がとにかく好き。
時には休んでって優しさがあるけど
最後にこうして背中を押してくれる
この強さが本当の優しさだと思う
何かに挑戦するとか新しい場所に行くって簡単なものじゃないから無理しないでねとか言いたくなるけど、そんな言葉じゃない
普段やらないことをやれるチャンスがあって、時間が限られてるからこそ
自分に負けてなんていられない
自分が想像してること、やりたいことと全く違う世界が広がってることだってあると思う(今実際にそう感じてる)
でもそんな時こそ新しい発見をして
新たな一歩を踏み出していかないといけない
......小渕さんありがとう
あと3ヶ月でできることをやってかないと
泣いてばっかいられない
日本が恋しいとか行ってる場合じゃない
これが終わったら嫌でも日本に居られるんだから
とにかくなぜ来たのか
何をやり遂げて帰りたいのか
やり残したことはないか
ちゃんと考えて行動する
もう3ヶ月しかないんだから.......
成長が感じられる嬉しさ
できないできない
まだ上手に喋れない
って毎日否定し続けてた日々
バリ島に日本人の友達と旅行して
初めて自分の成長を感じられたし、自分自身で認められた気がする。
今までのバリ島ではあんなに困っていた買い物もすんなり値段交渉したり、たずねたり、お願いしたりできた。
バリにいた時間は留学生ってことより
観光客としていたから
『インドネシア語上手だね』って言われて
素直に喜んでる自分もいた
いる場所が変われば
基準も変わるし、価値も変わって来る
その変化が自分自身に勇気をくれたし、成長を感じさせてくれた。今の自分には凄く大切なことだったように感じる。
友達にもできないできない言ってちゃダメって言われてでもできないって思ったけど
自信持ったり、成長を認めることでポジティブに捉えられてプラスの方に変わって行くのかもしれない。
今日また授業に戻って自分のできなさを痛感したけど、伸び代だと思おう。
あと3ヶ月でまだまだ成長できるってこと
とりあえず観光地バリでは過ごせるくらいにはなってるみたい。友達の英語力に頼りっぱなしだったのは確かだけど(笑)
とにかくポジティブ。
日本に帰ったらもっともっと辛い現実が待ってるんだから、物事をポジティブに捉えられるようにしておかないとな。
就職活動解禁に焦る2018年卒業の留学生より。