インドネシアの記録とその後

言葉にすることが苦手な人がただただ想いを綴っているブログ。

他の国の人から見た自分の国

 

どのことに対しても先入観ってあると思う

でもそれだけで判断したり、考えたり、発言したり、諦めたりするのってどうなんだろうと思った。

 

わたしの今いるクラスは、いろんな国や人たちがいて、授業でインドネシアの文化とか習慣、新しい言葉を習うたびに自分の国について聞かれる。たいていの国の人たちは、〇〇(国の名前)はどうなの?インドネシアと同じ?って聞かれる。

 

ありがたいことにみんな日本に興味があったり、日本について知っていたりするから、プラスアルファで

 

日本はこうなんでしょ?

 

って聞かれることが多い。そのあと日本を褒めてくれたりする。

 

でも彼らの日本はあくまでもテレビやニュース、歴史、更には噂でしかない。または今まで出会った日本人が話した話がまるで全ての日本人の話みたいになってる。

 

だからわたしがちゃんと答えたり、説明したりしても『え、こうじゃないの?』とかなんとかじゃないの??なんとかって聞いたよって反論される。

 

インドネシア語で話してるもんだから、わたしは話を間違って理解してるのかなって不安になるくらい(笑)

そしてわたしの話してる事は日本の話であるけどあくまでわたしの生まれ育った場所や関わってこれた場所の話でしかないから自信をなくす

 

 

みんなが少しでも日本を知ってくれてるから起きることであって、嬉しいことなのかもしれない。でも一生懸命話してるこっちの身にもなってほしい。ていうわがまま(笑)

 

自分も他の国の人と関わる時変な先入観持たずにやりたいなって思う。難しいことだとは思う。今は簡単にいろんな情報が手に入れられるから余計ね。たくさんのことがしれるかもしれないけど、嘘とかただの噂とか偏見込みの意見とかもあると思う、、、、、、

 

人類学勉強してる方にお会いしたとき、インタビュー式の質問ってあまり意味がないことがあるって聞いたことがある。それはあくまで聞く側が気になる点について質問していくから。そこの人たちにとって然程重要となっていない点だったり、変わりのないことを質問してしまったり、うまく答えられないような質問をしてしまうから。それではそのことの本質を聞き出したり理解するのは難しくなってくるとのこと。

 

その地域に入って一緒に行動して、生活して、いろんな壁にぶつかったり、彼らの悩みに気付いて寄り添ったり、、、てする中で色んなことが見えてくると思う。

 

先入観って知れる範囲を狭めてしまうのかもしれないね。勝手に納得して疑問に思えたことを疑問におもえなかったり、不思議とおもえなかったり、面白いと思えなかったり。

 

またしてもまとめられずに終わりそう

このブログで果たして言いたかったことを最後までまとめられた事はあるのだろうか。

題名最初に決めていつも書き始めるんだけど、大抵題名に沿わない内容になってくる

詰めの甘さというか、考えきれてなさというか、馬鹿さ加減がですぎてる

 

まぁ自分のための記録で始めたからね、うん、

見てくださってる方には申し訳ないが

帰ってからこんなこと考えてたとか、こんなこと思ったり感じたりしたなっていうものになればと思ったものだからね

 

ああまた学校行って来ます

日本語のクラスのお手伝いというなのインドネシア語のお勉強してきまーす!!